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非核平和都市宣言

6月議会の一般質問、第2項目目は『非核平和都市宣言』についてでした。

非核平和都市宣言が世界に広がっていく契機となったのは1980年のイギリスのマンチェスター市での非核宣言で、アメリカ・ソ連の冷戦のさなか、核兵器の脅威をなくすため、自らのまちを非核兵器地帯であると宣言し、他の自治体にも同じような宣言をするように求め、すぐにイギリス国内の多くの自治体が賛同しました。その後、この宣言運動は世界に広がり、日本でも1980年代からこの非核宣言を行う自治体が増え続け、現在では日本の自治体の90.5%の1,619自治体が宣言を行っています。


旧田辺市で非核平和都市宣言がされたのは、そうした気運の高まりの中、1987年昭和62年7月1日、市民団体からの請願を受け、議員発議により市議会で宣言することが可決されました。当時、私は中学生でした。子どもながらに、「ヒロシマ、ナガサキのような悲惨な出来事が二度と起こらないように、自分たちがずっと安心して暮らせる平和な世の中を、自分が住んでいるこの田辺市が守ってくれようとしている」、と言うことに、感動したのを今でも覚えています。しかし2005年、5市町村が合併したことで、旧田辺市の非核平和都市宣言、龍神村の非核・平和の村宣言、本宮の非核・平和自治体宣言は事実上なくなってしまいました。

当局側の見解は、旧市町村が当時の社会状況を判断し制定したもので、新市で引き継ぐものではないとの判断で、合併後に調整するとし、さらに市民社会の気運の高まりを注視したいというものでした。ちなみに、和歌山県内では有田川町では合併時にそのまま宣言は残され、橋本市、白浜町では、合併から約半年後には宣言が復活しています。田辺市では5度も議会で取り上げられ、2015年には署名チームが集めた約1000筆の署名とともに議長に陳情され、市長にも報告されています。そして一昨年は恒久平和を願う多くの市民が安保法制反対のために野党共闘を行い、世界に目を向ければ、核兵器を使用、製造、研究、輸送などを法的に禁止する人類史上初の『核兵器禁止条約』が今年3月から7月に行われた国連の交渉会議で採択され、世界的な気運の高まりがあることを訴えました。

また『核兵器禁止条約』の国連交渉会議には、市長も加盟している平和首長会議の事務局長が参加し、「核兵器を廃絶するこの取り組みには市民社会の協働が不可欠である」と発言しました。真砂市長は平和首長会議加盟の自治体首長として、核兵器廃絶の平和行進の際にメッセージを寄せたり、公民館での原爆パネル展など一定の活動をされていますが、『非核平和都市宣言』に制定に向けて、市民社会の気運の高まりを待つだけでなく、核兵器廃絶と恒久平和のためにイニシアティブをとることを求めました。

質問を終えての感想ですが、市長にはイニシアティブをとることを求めましたが、確かに多くの市民が核兵器のない安心・安全な世の中を求める動きが最も重要です。私は議会で取り上げましたが、これから多くの市民の皆さんとつながって、制定に向けた取り組みを行っていきたいと思います。


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by maekayoblog | 2017-07-22 15:01 | 平和 | Comments(0)