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かよの「いっぽ、にほ」

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カテゴリ:平和( 13 )

平和への一歩

~~地球上から核兵器をなくそう~~
1958年6月に、一人の男性が核兵器の廃絶を願って被爆地広島から東京へ、1,000キロの道のりを歩いたのが、一人、二人と仲間が増え全国各地に広まった平和行進。
5月27日、今年も田辺市で50名近い市民の皆さんが集まり、我が家は家族そろって参加しました。

最初に原水協から、2月にアメリカが行った未臨界核実験に対する抗議声明を行い、つづいて真砂市長からの「核兵器を減らし、真の平和をめざそう」とのメッセージが木村副市長によって代読されました。私は市議会からのメッセージ代読と共産党からの連帯のあいさつをしました。

行進の前には、ここ数年お決まりのようにソングリードを拝命して、参加者みんなで「青い空」を歌いました。
いよいよ行進が始まると、一緒に参加した息子は先導車にちゃっかり乗せてもらって、「あれ?歩くんじゃなかったの?」
たしか前の年は先導車を後ろから押してました。フツーではつまらない息子の参加スタイル。来年はどうするのでしょう?

この行進は市民の誰でも、ただ歩くことで平和への道をつないでいける、というものです。
ぜひ来年はご一緒に歩きませんか?車いすの方もご参加できますよ。

後日、「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」への賛同を田辺市議会の小川議長にお願いしたところ、快く署名してくれました。真砂田辺市長は以前より署名してくださっています。全国で集まった署名は国連に送られます。
署名に参加なさりたい方は、こちらのサイトより署名用紙のダウンロードができます。
最後に、あいさつ文の原稿をご紹介します。
ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー

2019年原水爆禁止国民平和行進にあたり、日本共産党より連帯のご挨拶を申し上げます。

先日5月11日、第29回南方熊楠賞の授賞式が紀南文化会館であり、北海道大学名誉教授の馬渡駿介(まわたりしゅんさん)が受賞されました。 馬渡さんは無脊椎動物の分類学が専門で、コケムシと呼ばれる人の目では見ることができない生物の研究をされているそうです。教授が授賞式の記念講演で、「ヒトと、ヒトの目にとまらない生き物は同格」とした上で「ヒトはヒト以外の存在を無視しがち」と指摘され、「ヒトは地球の運命を左右できるだけの力を持っているからこそ、ヒト以外の生き物の運命を左右しないという矜持(きょうじ)を持つべきだ」とお話しされました。

私はこの言葉に核兵器を重ね、核は地球上の生き物の運命を狂わせる。そのことをヒトとして考え行動することで、子どもたちに平和で安心して暮らせる未来を手渡したい、と強く思いました。

人類史上初めて、核兵器を違法なものと定めた核兵器禁止条約の署名・批准書提出式が昨年9月にNYの国連本部で行われ、批准国は23カ国となりました。発効までにあと27か国の批准が待たれています。日本政府は唯一の被爆国としてこれに参加しリードすることあとが期待されますが、いまだアメリカとの関係を重視するあまり否定的な態度をとっています。

でも日本国内では、日本政府に核兵器禁止条約への参加・署名・批准を求める意見書決議が今年4月の時点で全国の自治体議会の21%にあたる372議会で採択されました。
(和歌山県では:橋本市議会、かつらぎ町議会、串本町議会、九度山町議会、みなべ町議会、日高町議会)
さらに世界を見渡せば、核保有大国のアメリカでは大都市を含む自治体や州レベルで決議採択が相次ぎ、全米の約1400都市の市長が参加する全米市長会議は6月、トランプ政権に対し、禁止条約に対する態度を改め、同条約を支持するよう決議を全会一致で採択しています。また第73回国連総会は12月5日、核兵器禁止条約をできるだけ早期に署名・批准するよう、すべての国に呼び掛ける決議案を賛成126、反対41、棄権16の賛成多数で採択しました。いま日本の被爆者の訴えから始まった草の根の運動は、世界中に広がり、核兵器禁止条約の発効を目指す流れはもはや止めることはできません。

今日お集りの皆さん、これまで一つ一つ積み重ねてきたこの取り組みを自信をもって未来につなげるべく、この後の行進で一緒に歩きましょう。
最後に今日の平和行進の開催にご尽力くださった関係者の皆さん、メッセージをお寄せくださった田辺市、市議会、お集りの皆さんに心からの敬意と感謝を申し上げまして、連帯の挨拶といたします。

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by maekayoblog | 2019-05-27 23:16 | 平和 | Comments(0)

沖縄から憲法を考える

紀南9条交流ネット主催の「沖縄から憲法を考える集い」が上富田文化会館で開催され、稲嶺進氏(前名護市長・オール沖縄共同代表)の講演を聞きました。

沖縄は
琉球王朝時代には権力と武力によって日本に併合され、
太平洋戦争では本土決戦の捨て石とされ、
敗戦後は日本でもないアメリカでもない植民地時代をしいたげられ、
本土は沖縄を担保にして安全を確保し経済発展していった。
日本に復帰した後も状況は何も変わらず異常が続く沖縄の姿を訴えられました。

2017年に宜野湾市の普天間第二小学校の校庭に米軍ヘリの窓が落下した際、米軍は謝罪しましたが、学校上空は飛行しないでという学校側の求めに応じず、事故から10か月の間に一日に最大27回、合計706回も児童生徒が避難する事態になり、もう授業どころではなく明らかに協定違反なのに、子どもたちの安全を守ることに対して政府は米軍に対して何も言えず、グラウンドにシェルターを設置するという矛盾を生み出しています。

韓国にもアメリカとの地位協定があるが、交渉によって改定されている。でも日米間の協定は1960年の制定以後一度も改訂されたことはなく、国会での「なぜ国民の命を守れないのか?」との問いに対し、「比べることが間違い」だと答える政府。これで主権国家と言えるのか、と感じずにはいられませんでした。

名護市長選で新基地建設推進派の候補者が勝った時、菅官房長官は「我々は結果が第一」と言いながら、デニー知事圧勝の際には「一地方の選挙結果に過ぎない」と言い、県民投票で圧倒多数が基地建設に反対票を投じたのに計画を止めない理由を岩屋防衛相は「沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある」言いました。これら沖縄の民意を無視する政府は、あまりにもひどいご都合主義ではないでしょうか。

さらに県民投票結果を尊重すべきか?というアンケートに対して「尊重すべき」と回答したのは静岡と岩手県2人の知事のみだったことに触れ(ちなみに和歌山県知事は書面での問いには回答せず口頭で「コメントは差し控える」としました。)、今日まで続く沖縄への構造的差別は、こうした政府を良しとしてきた日本国民の責任でもあると訴えられました。

以前、白浜空港にオスプレイが緊急着陸したことについては、偶然などではなく米軍は白浜に着陸できることの確認と情報収集をして一つの足固めとし、今後は全国の沖縄化が進んでいく。と警鐘を鳴らしました。

最後に、政府が言う「辺野古が唯一の解決策」ということに根拠がないことを以下のように話されました。
米軍基地再編計画は沖縄の海兵隊9千人をグアムやハワイなどに移すとしていて、実際沖縄に駐留している兵隊は、推定およそ1万2千人で、9千人を移動させたら残るは3千人。しかも沖縄に残るのは司令部隊で、移動の大部分は実戦部隊。これでは政府が言う抑止力になりえない。
さらに辺野古の海を埋め立てて造る基地の工事費は、政府見積りで当初3000億予算だったが、県の推定では、岩盤にたどり着くまで90mというマヨネーズ状態と言われる軟弱地盤との発表がされる前ですら2兆5500億円で、地盤改良には13年もかかる。仮に完成しても滑走路の先端部分はズブズブと下がり続け、飛び立つ先が沈むような滑走路を米軍が使用するか、という疑問さえある。と告発されました。

辺野古新基地建設に反対する座り込み活動に対して、ゲート前警備など国は機関すべてあげて民意を潰そうとしていて、かかる費用は1日2000千万!
一体だれのための何のための基地建設なのでしょうか。

国民の「見ない、聞かない、言わない」が沖縄への構造的差別を確たるものにしてしまっているのではないか、と強く訴えながらも、「沖縄は『基地をどこかに移して』と言ってこなかったのは、同じような苦しみを他の日本の人にさせたくないから。」「人の痛みを分かる社会、国になってほしい。」そう語られたのが強く心に響きました。
沖縄は遠くても、かつて併合した以上は同じ日本。よその遠い島のことせずにデニー沖縄知事が発信された「イデオロギーではなくアイデンティティを」の言葉を自分の心に刻もうと思いました。
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by maekayoblog | 2019-05-19 23:14 | 平和 | Comments(0)

行列できたらどうしましよ!

毎月9日は9条ママnet.キュッとの定例女子会。
今回は1月19日和歌山市で行われる「危ないぞ!みんなで止めよう安倍改憲 1・19和歌山県民のづどい」の会場で展示する顔出しパネルの作成をしました。
私たちのメンバーはそれぞれ音楽であったりお菓子作りや手芸であったり、何らかしらの特技を持っていて、プロのイラストレーターもいるんです。
その彼女がデザインしてくれたイラストをもとに、畳半分強の大きさの段ボールにプリントアウトした用紙を張り付けて、顔を出す部分をカッターでくりぬいて・・・とみんなでサクサク作業しました。

このパネルは怒った顔を穴から出すのがおそらく一番オーソドックスなのだと思いますが、
パトライトの部分を後ろからパンチで押し開けて「こら!」とか何とか声を出して嘘つきさんを逮捕するシーンを動画で撮る、という活用法をママたちで編み出したりして、作って楽し、遊んで楽しとしばし笑い転げていました。
なかなかの傑作、当日会場でどんな使われ方をするのか楽しみです。
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そうそう、先日宝島社の「嘘つきは戦争の始まり」というフレーズがついた広告が話題になりましたね。
さすがに日本の情勢のおかしさにみんな気づき始めています。
19日の集いが盛会となりますように!
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by maekayoblog | 2019-01-09 23:58 | 平和 | Comments(0)

メリークリスマス☆彡

9条ママnet.キュッとのクリスマス会。
ゲーム、紙芝居、歌などなどママたち手作りの楽しいひと時、サンタも登場して子どもたちは大喜びでした。
いろいろ想像しながらママたちがプログラムを進行していきましたが、子どもたちの発想って本当に豊かで、その面白さにママたちも大笑い。
歌って、遊んで、笑って2時間があっという間に過ぎました。

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by maekayoblog | 2018-12-24 23:46 | 平和 | Comments(0)

おめでとうございます。令状をお届けに来ました。

77年前の今日、12月8日は日本の真珠湾攻撃によって太平洋戦争が始まった日です。
そして赤い紙は軍隊への予備兵を集めるための召集令状です。
ある日、それが夜中であってもドンドンと戸を叩いて、「おめでとうございます!」と言って手渡されたそうです。拒否することは許されず、「命を懸けて国を守ること(死ぬこと)は山よりも重く、命は鳥の羽毛よりも軽い」とされていた時代。「とうとう来たか。」「これで近所にも顔がたつ。」「死なないで。」受け取った本人や家族の思いは様々ですが、そんな気持ちは表に出さず、有難く頂戴するものだったそうです。

秘密保護法、安保法制が通って自衛隊が海外で武器を使うことを認め、不戦を誓った憲法9条を変えようとする動きが強まってきている昨今、戦争を知る人たちは、「戦争の準備をしているようだ」「戦前と同じ状態だ」と言います。
「戦争なんて起きないよ。」そういう人もいます。そう願いたいです。少なくとも私が子どものころは、まだそう信じられる世の中だったかもしれません。でも今は。

明治の終わりから日本は海外で戦争をしていて、勝てばデパートでは戦勝セールが行われ、文化的な暮らしもしていました。戦争が長引くと物不足による物資の統制がされるようになり、「欲しがりません勝つまでは」がスローガンになりました。太平洋戦争に突入して日本の国土にいよいよ戦火が付くようになってはじめて「日本は勝ってたのじゃなかったの?」と国民が気付き始めますが、その時にはもうだれにも止められません。最後は世界で初めて原爆が投下され尊い命が一瞬にして奪われたのです。「なぜ戦争したのかわからない、いつのまにかそうなってた。」これが多くの戦争体験者の言葉です。

歴史を知ること、忘れないこと。これからますます大事になってくるでしょう。
この赤紙を配る取り組みは、そういう意味を込めて毎年行われています。
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by maekayoblog | 2018-12-08 22:19 | 平和 | Comments(0)

つながる母親たち

第63回和歌山県母親大会に参加しました。
63回って長い歴史を感じますね。
調べてみると、母親大会の始まりは、1954年3月1日アメリカが行ったビキニ環礁での水爆実験に対し、平塚らいてうほか5名が全世界にむけて(国際民婦連と各国の団体へ)「原水爆禁止のための訴え」を送ったこと、と紹介されています。そして翌’55年にはスイス・ローザンヌで世界母親大会が開催され日本から14人の母親たちが参加したそうです。

世界から戦争をなくし核兵器廃絶のアピールをもとに、そこからつながる子育て、教育、環境など色々なテーマで母親たちが語り合いつながる場となっていったようです。第1回目の全国大会にはなんと2000人のママたちが集まったそうです。

このことを知った時、思い出したことがありました。
9条<ママnet.キュッとの結成記念講演の講師をしてくださった日本最高年齢の現役助産師、坂本フジヱ先生が、講師のお願いで訪ねた私たちに、これからの活動に対して「あなたたちが自分の子どものことや内々だけにとどまらず、世界中の女性とつながって平和を守る活動をしていってほしい」とおっしゃいました。ひょっとして先生は母親大会のことをおっしゃったのかな?と今になって思います。

前置きが長くなりましたね。
63年前に始まった母親たちの思いは母親たちのつながりで現在まで引き継がれ、私も今回その一人として参加させていただきました。

午前中は20ほどある分科会の中から、第5分科会「登校拒否・不登校の子どもたちによりそって」に参加しました。不登校などのお子さんの保護者、教員、保健師、民間支援団体の方、地方議員、県職員などが集まって、まず保護者からお子さんのことや悩んでいることをお話しいただいて、その後学校や支援団体などそれぞれの立場から子どもの様子や支援の在り方などを意見しあっていきました。まずは子どもの気持ちに寄り添って本人の気持ちや判断を尊重することを確認し、心が安らぐ居場所は何と言っても母親だけど、その母親を含めた支援を行政ががしっかり民間団体や専門家とも連携して行うことが求められました。私自身子育てしている中でこの課題は未経験だけに、母として議員として大変勉強になりました。

午後は様々な団体の活動発表とコンサートでした。
活動発表には「9条ママnet.キュッと」から現代表がスピーチしてくれました。
結成からこれまでの主な活動内容や、そこから波及していったママたちの色々な活動のこと、これからの展望などのお話は、仲間としてとても感銘を受けました。

コンサートは以前からずっとお目にかかりたいと思っていたKei Sugerさんのトークと弾き語りでした。民報記者としての活動の中で感じた様々な題材をもとに、人間の尊厳や平和の大切さを歌われました。飾らないご本人のお人柄と同じくらい飾らない演奏、でも歌詞そのものに魂が込められているので、聞いているだけで何度も涙があふれてきました。

生命(いのち)を生みだす母親は 生命(いのち)を育て 生命を守ることをのぞみます。
この言葉、引き継ぎ繋げていきたいです。
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by maekayoblog | 2018-07-01 01:34 | 平和 | Comments(0)

平和行進2018

アメニモマケズ、平和行進2018年の集会がありました。
雨天で開催したので田辺市の取り計らいで、紀南文化会館の玄関ロビー前を使わせていただきました。

冒頭、田辺副市長による市長メッセージの代読がありました。
「多くの命を一瞬にして奪う非人道的な核兵器が世界からなくなり、真の平和が訪れることを切に願います。」という内容で、平和首長会議参加の市長として、市民との共動に心寄せてくださることを嬉しく思いました。

9条ママnet.キュっとの代表もスピーチされ、メンバーの一人で福島原発事故から避難して紀南の地に移住しているママのメッセージを代読してくれました。
「不安な生活から離れて今、子どもたちがお風呂で笑う声を聞きながら「これが幸せ」と感じる」という言葉がとても印象的で、私たちの平穏で幸せな暮らしは決して当たり前のことではないんだ、と今一度感じさせてくれました。

私は「青い空」の合唱をソングリードしました。雨でもパレードするつもりで完全防雨対策の出で立ちで気合い満々でした😅
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by maekayoblog | 2018-05-13 21:21 | 平和 | Comments(0)

歴史に学ぶ

平和委員会で新庄の鳥の巣平和公園を訪ねました。

太平洋戦争末期、本土決戦に備えて日本の各地で特攻の準備がされ、ここ鳥の巣では田辺湾に攻め入る敵艦に自爆攻撃をするための基地があったそうです。基地とされた小さな半島には7箇所の洞窟が掘られ、「震洋」というベニヤ板製の特攻用小舟が配備されていました。兵隊が2人乗り込むのがやっとの小さく粗末な舟で敵艦に突撃するとされていたようで、文里の海兵団一万の兵隊が支援していたそうです。終戦を迎え履行されずにすみましたが、全国では約6200隻が製造され約2500人の戦死者を出したそうです。資料室には戦時中のアルバムがあり、めくるとまたあどけなさが残る10代半ばから後半の青少年が写っていました。命を乗せた兵器なんて、おぞましい発想。でもそんなふうに何もかもおかしくなるのが戦争なんだと改めて感じました。

来訪者の一言が書かれたノートには、「ぼくのひいじいちゃんはサイパンにいって帰ってこなかった。戦争はぜったいしてはいけない。」と小学1,2年生らしき感想もありました。

鳥の巣を後にして、新庄跡の浦の東光寺境内にある田辺女学校の生徒さんの慰霊碑も訪ねました。学徒動員で働きに出ていた神戸で空襲にあい亡くなったそうです。「青春の全てを奪われた」と鳥の巣平和公園を管理する方のメッセージにもありましたが、若者の夢や希望すら奪う戦争の酷さを感じずにはいられませんでした。

平和な世の中を保てるかどうかの岐路にある今、歴史を学び生かすことが求められているように思います。平和公園も慰霊碑も、二度と同じ過ちを繰り返さないでほしい、と言うメッセージであるとすれば、私はそのメッセージをしっかり受け止めまた伝えていきたいです。
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by maekayoblog | 2018-01-28 00:39 | 平和 | Comments(0)

原爆記念日によせて

8月6日と9日、二つの原爆によって多くの命が瞬時に奪われ、戦後72年たった今なお後遺症で苦しむ人たちがいることは、どんな理由があろうとも核兵器を使うことはあってはならない、ということを語っています。

人類史上初めて核兵器を違法化する「核兵器禁止条約」が国連会議加盟国の3分の2、122ヵ国によって採択され、世界は核兵器根絶に大きな一歩を踏み出しました。この前進は日本の被爆者や遺族、市民が長年にわたって核兵器の非人道性を訴えてきた努力によるものです。そして国連交渉会議では日本の市民社会による「草の根」の運動が大きく評価されたのでした。

こうした世界の流れに日本の市民が大きく貢献しているというのに、日本政府が交渉会議にも参加せず背を向けているのは、はかり知れない苦しみを味わっている被爆者に対する冷たい仕打ちで、唯一の被爆国としての役割を投げ捨てたはずかしい行為でしょう。そして、長崎での平和式典で、安倍首相が「核兵器禁止条約」について一言も触れなかったのに対して、「どこの国の総理か」と非難されたのは当然のことでしょう。核保有国との橋渡しをしたいと本気で思うなら、まず核の傘のもとで忖度せず、そこから抜け出すことが必要です。そして核保有国に対して呼びかければ、その時日本は世界平和を構築するリーダーとなりえるでしょう。

安保法制、共謀罪、9条改憲へと武力によって平和を構築しようと考える今の日本の政治を見るにつけ、日本を真のリーダーへと変えれるのもまた市民であると感じます。
市民が政治を変えられるチャンスは来るべき総選挙。市民と野党が力を合わせることが何よりも大事です。「選挙しても政治は変わらない」と思っている方がおられたら、その方こそがカギを握っているのです。




by maekayoblog | 2017-08-11 02:55 | 平和 | Comments(0)

非核平和都市宣言

6月議会の一般質問、第2項目目は『非核平和都市宣言』についてでした。

非核平和都市宣言が世界に広がっていく契機となったのは1980年のイギリスのマンチェスター市での非核宣言で、アメリカ・ソ連の冷戦のさなか、核兵器の脅威をなくすため、自らのまちを非核兵器地帯であると宣言し、他の自治体にも同じような宣言をするように求め、すぐにイギリス国内の多くの自治体が賛同しました。その後、この宣言運動は世界に広がり、日本でも1980年代からこの非核宣言を行う自治体が増え続け、現在では日本の自治体の90.5%の1,619自治体が宣言を行っています。


旧田辺市で非核平和都市宣言がされたのは、そうした気運の高まりの中、1987年昭和62年7月1日、市民団体からの請願を受け、議員発議により市議会で宣言することが可決されました。当時、私は中学生でした。子どもながらに、「ヒロシマ、ナガサキのような悲惨な出来事が二度と起こらないように、自分たちがずっと安心して暮らせる平和な世の中を、自分が住んでいるこの田辺市が守ってくれようとしている」、と言うことに、感動したのを今でも覚えています。しかし2005年、5市町村が合併したことで、旧田辺市の非核平和都市宣言、龍神村の非核・平和の村宣言、本宮の非核・平和自治体宣言は事実上なくなってしまいました。

当局側の見解は、旧市町村が当時の社会状況を判断し制定したもので、新市で引き継ぐものではないとの判断で、合併後に調整するとし、さらに市民社会の気運の高まりを注視したいというものでした。ちなみに、和歌山県内では有田川町では合併時にそのまま宣言は残され、橋本市、白浜町では、合併から約半年後には宣言が復活しています。田辺市では5度も議会で取り上げられ、2015年には署名チームが集めた約1000筆の署名とともに議長に陳情され、市長にも報告されています。そして一昨年は恒久平和を願う多くの市民が安保法制反対のために野党共闘を行い、世界に目を向ければ、核兵器を使用、製造、研究、輸送などを法的に禁止する人類史上初の『核兵器禁止条約』が今年3月から7月に行われた国連の交渉会議で採択され、世界的な気運の高まりがあることを訴えました。

また『核兵器禁止条約』の国連交渉会議には、市長も加盟している平和首長会議の事務局長が参加し、「核兵器を廃絶するこの取り組みには市民社会の協働が不可欠である」と発言しました。真砂市長は平和首長会議加盟の自治体首長として、核兵器廃絶の平和行進の際にメッセージを寄せたり、公民館での原爆パネル展など一定の活動をされていますが、『非核平和都市宣言』に制定に向けて、市民社会の気運の高まりを待つだけでなく、核兵器廃絶と恒久平和のためにイニシアティブをとることを求めました。

質問を終えての感想ですが、市長にはイニシアティブをとることを求めましたが、確かに多くの市民が核兵器のない安心・安全な世の中を求める動きが最も重要です。私は議会で取り上げましたが、これから多くの市民の皆さんとつながって、制定に向けた取り組みを行っていきたいと思います。


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by maekayoblog | 2017-07-22 15:01 | 平和 | Comments(0)